【スカーレット】朝ドラ舞台は昔の新京!「信楽」おすすめ観光スポットを紹介

【スカーレット・新京】朝ドラの舞台「信楽」の魅力を紹介!観光地

信楽焼で有名な信楽

2019年秋の朝ドラ「スカーレット」の舞台にもなりました

そんな信楽の観光スポットについて、今回はご紹介します

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信楽の魅力

「信楽」

名前は知っているけど、観光で行こう!と思ったことは少ないのではないでしょうか?
文化・歴史・景色・グルメ、色々なものが凝縮されています!

関西では奈良・京都が強いのでどうしても強いですが、
その分、人も少なく観光しやすいです!

  • 伝統工芸品「信楽焼
  • 奈良時代の遺跡「紫香楽宮跡
  • 渓谷の絶景「鶏鳴の滝
  • 信楽のグルメ・カフェ

今回はこれらについてご紹介していきます

アクセス

京阪神からのアクセスの良さも魅力の1つ!
2つの交通手段がメインです

  • 新東名高速道路「信楽IC」
  • JR線と信楽高原鐵道

信楽高原鐵道は、信楽アクセスのための鉄道で、
昭和初期からの長い歴史があります

こちらの記事で紹介しているので、合わせてどうぞ!

【廃止?延伸?】信楽高原鐵道を解説
【廃止?延伸?】信楽高原鐵道を解説
信楽高原鐵道は、滋賀県内の貴生川駅~信楽駅を結ぶ鉄道です 貴生川駅ではJR線と接続し、草津・京都方面へと繋がります 沿線には、信楽・紫香楽宮跡等、観光地が点在していますよ! こちらの記事で紹介しています 歴史 開業...

 

信楽焼

信楽といえば「信楽焼」を思い浮かべる方、多いのではないでしょうか?
狸の置物でお馴染みですね!

なぜ信楽で焼き物?

鎌倉後期による始まった、信楽焼の歴史、
なぜここまで発達したか、大きく3つの理由を紹介します

  • 交通の要所
  • 時代に合わせた変化
  • 良質な土

交通の要所

奈良・京都・東海道、これらとのアクセスの良さが挙げられます

室町時代、安土桃山時代は茶の湯が奈良・京都を中心に盛り上がり、
信楽焼の需要は大きく高まりました

時代に合わせた変化

信楽焼の用途は、時代に合わせて変化されており、
長く使われる理由になっています

  • 室町・安土桃山:茶の湯用
  • 江戸時代   :茶壺・土鍋などの日用品
  • 戦時中    :金属不足による陶器需要の高まり
  • 戦後     :高級盆栽鉢など

良質な土

土については専門的すぎて簡潔に述べるのは難しいですが、次が大きいかなと思います

  • 赤色(スカーレット)に発色
  • 可塑性が高い

信楽の土は、程よく含んだ鉄分が、焼ける時に赤褐色になります
これがスカーレットです
鉄が多すぎると黒くなるし、少なすぎてもダメです

可塑性とは、一度変形させたものが、そのまま仕上がるイメージです
逆に、ゴムの様に変形させても元通りに戻ってしまうものは、可塑性が低いと言います
そのため、大きい焼き物を作ることもできる、という特徴があります

信楽焼と狸

信楽焼といえば「狸」のイメージではないでしょうか?
しかし、意外と歴史は浅いようです

調べていくと、「信楽と狸ってそんなに関係ないな」という感想をいだきました

歴史

明治30年頃、ある陶芸家が「腹づつみに興じる狸」を見て、それを表現したのがきっかけだそうです
その後、昭和天皇の信楽町行幸の際、日の丸を掲げた狸に沿道に設置したことで、全国に広まりました
昭和天皇はこれを見て、次の様に詠まれたそうです

「をさなき日 あつめしから /なつかし 信楽焼の 狸をみれば」

縁起もの

狸は「他抜き」に通じ、商売繁盛の縁起がいいともされています
店先なんかによく飾られていますよ!

【観光スポット】宗陶苑

こちらの宗陶苑では、現役の巨大な登り窯を見ることができます

江戸時代にできたもので、見学可能です!
その巨大な登り窯、ぜひ圧倒されてきてください!


駐車場の車止めも可愛い信楽焼でした♪

 

紫香楽宮跡

信楽の古代遺跡「紫香楽宮跡(しがらきぐうし・しがらきのみやあと)」もロマンある観光地です!

紫香楽宮とは

奈良時代、聖武天皇は平城京に変わる都として「恭仁京」を造営中でしたが、
その離宮として現在の信楽付近が選ばれました

その後、「新京」として整備される計画となりつつも、
火災や地震により、平城京に再び遷都されてしまいます

当時の都変遷

聖武天皇は何度も遷都を繰り返しています
その中でも紫香楽宮は「新京」として大規模に整備される計画でした

その流れを大まかに触れていきます

平城京(~740年)

奈良時代の都といえば「平城京」ですよね
当時は聖武天皇が治めていた時代では、様々な惨事に見舞われます

  • 天然痘の大流行
  • 藤原広嗣の乱
  • 火災・震災

天然痘の大流行では、国民の3割もが亡くなったほか、
藤原四兄弟などの、政府高官も多く亡くなりました

藤原広嗣の乱は、政府に不満をもった広嗣が九州で起こした乱です
これは、広嗣の過激な思想によるものであると筆者は思っていますが、
聖武天皇とは近親のため、不安要素の1つだったかと思います

このような社会不安から、聖武天皇は遷都を考えたのではないか、
と考えられています

恭仁京(740~743年)

まず選ばれたのは恭仁京で、現在の「京都府 木津川市 加茂地区」です
天然痘で生きながらえた政府高官「橘諸兄」の本拠地だったから、と言われています

紫香楽宮は、この離宮として造営が始まります

難波京(743~744年)

この辺りは細かくて複雑です
難波京は、もともとあったものが焼失し、それを再建中でした
聖武天皇はそこを首都と宣言しつつも、紫香楽宮に滞在していた様です

紫香楽宮(745年)

紫香楽宮の計画規模の大きさは、遺跡から伺うことができます
しかし、山火事や地震の影響もあり、4ヶ月程度で平城京に戻ることになります

内裏野地区 幻の大仏?


内裏野地区に残る甲賀寺の「金堂」

紫香楽宮跡の地区の1つ、内裏野地区は、甲賀寺というお寺の遺跡です

紫香楽宮が本格的に首都になったあかつきには、
甲賀寺に大仏が建立される予定でした

しかし、平城京に遷都されたことにより、奈良に大仏が建立されましたね
まさに幻の大仏となってしまいました

内裏野地区については、こちらの記事もどうぞ!

※ 執筆中

 

鶏鳴の滝

信楽の中心から車で15分!
美しい渓流の景色を楽しむことができますよ

由来

滝の東方「笹ヶ岳」山頂の寺跡にある閼伽池(あかいけ)、
ここから黄金の鶏が現れ、新年の幸を告げるという伝説にちなんでいます

鶏鳴八滝

鶏鳴の滝の上流・下流に合わせて8つの滝があります
併せて観光されてもいいかもしれません!

景色

清らかで所々激しい川の流れ、綺麗な緑色の苔と、
なかなかの観光スポットだなと思います!

遊歩道等、観光地仕様に仕上げれば、
有名な青森県の「奥入瀬渓流」のようになるポテンシャルがあると思います

穏やかな流れと、綺麗な苔をまとった小石
まさに渓流の絶景ですね

川幅が狭いところでは、激しい流れを見ることもできます

鶏鳴八滝の1つ「初音の滝」

滝では信楽名物「狸」が迎えてくれますよ!

参考

こちらの記事では、奥入瀬渓流をはじめ、青森県の観光情報をご紹介しています

※執筆中

グルメ

筆者のレビューを中心に、3店舗ご紹介します

陶園


中盛のAサイズは、1,400円+たまご60円

1Fがレストラン、2Fはギャラリーで無料で見学できます

名物は「近江牛の肉丼」で、リーズナブルに近江牛を楽しむことができます

近江牛だけあって味はとても美味しいですが、肉厚は薄めです

関連ランキング:喫茶店 | 信楽駅

Torasaru Coffee


左が「ゴルゴンゾーラレア」で、右が「カッテージチーズケーキ」

モノトーンを基調としたオシャレな店内で、
こだわりのチーズケーキとコーヒーはいかがでしょうか?

チーズケーキ、種類が多すぎて選ぶのがとても大変です(笑)
全部制覇したくなりますね

関連ランキング:カフェ | 玉桂寺前駅勅旨駅

ラマンチャ

大通り沿いの洋食屋さんです!
色々な洋食メニューの中で、一際目を引くのがこのBIGハンバーグ

ごはん・スープがお代わり無料で、クラムチャウダー風のスープがまあ美味しい!!
これメインでもいけるくらいです(^^)

がっつり目に行く場合は特におすすめです!

関連ランキング:カフェ・喫茶(その他) | 雲井駅

 

まとめ

信楽の観光スポットをご紹介してきました

伝統・文化・景色・グルメの魅力は伝わりましたでしょうか?
筆者もここまで面白いエリアだとは思っていませんでした

他にも色々な観光地をご紹介しているので、ぜひご覧ください!

 

最後までご覧いただきありがとうございました!

 

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